III 文庫 3.その他の文庫
(3)鈴木文庫
鈴木茂三郎は,戦後いち早く日本社会党の結党準備に参加し,のち左派の指導者として書記長・委員長を歴任した。戦前も「労農派」の同人,労農無産協議会や日本無産党の書記長,あるいは日本経済研究所の所長として幅広く活動した鈴木は,1937年12月15日の人民戦線事件の検挙によりその一部は押収されたものの,戦前の日本社会運動に関する文献を多数所蔵していた。このうち無産政党資料の一部は,生前のうち日本近代文学館に寄贈されたが,なお多くが残され,1970年5月7日に死去したのち,子息の鈴木徹三氏(大原社研名誉研究員・法政大学名誉教授)により順次,当研究所に寄贈された。現在,目録を作成中である。
なお鈴木文庫には,鈴木徹三氏が所蔵していた経済学関係などの文献も含まれており,厳密には「鈴木茂三郎・徹三文庫」というべきかもしれない。だが,混在してしまったとはいえ,旧蔵資料が二人のうちのいずれのものであるかは,発行年,タイトル,資料の性格,奥付に付された献辞などにより容易に判断できよう。
鈴木文庫は,大きく図書(和書),逐次刊行物,原資料の三つに分けられる。洋書も何十点かあるが,多くはない。
まず,戦前期の図書では,麻生健『無産政党はどう闘ったか』(1930年),田所輝明『無産政党十字街』(同),近藤栄蔵『プロレタリア雄弁学』(同),神近市子『現代婦人読本』(同)など,1930年代の無産政党・社会運動関係の文献や,昭和研究会の『農業改革大綱』(1940年),『日本経済編成試案』(同),小宮山利政『統制会と財閥』(1942年)などがある。戦前期の図書のかなりは日本近代文学館に寄贈され,当研究所で受け入れたものはそう多くはない。
戦後期のものでは日本社会党の出版物,とくに出版部,教宣部(局),組織部,政務調査会,社会主義理論委員会,外交委員会など,党内の各機関が発行した図書・パンフレット類はほぼ完全にそろっている。とくに左派社会党が発行したパンフレット類は,他の学術機関に余りなく,現在では貴重な文献であろう。なお,図書は現在1351点を数え,未整理の段ボールも3箱ほど残っているので,最終的には千数百タイトルに達すると思われる。
鈴木文庫で特筆されるのは,何といっても戦前・戦後初期における無産政党や社会運動に関する原資料であろう。
まず,無産政党関係では日本大衆党,全国大衆党,全国労農大衆党,労農無産協議会,日本無産党など鈴木茂三郎が関係した各党の大会報告書,議案書,通達,備忘録などを中心に集められており,ほかに社会民衆党,新労農党,日本労農党のものも少なからずある。これらの原資料は,受け入れた状態(綴りや袋詰め)のまま配架されていて,1点ごとにデータ入力されているわけではない。また分類といっても,受け入れ順にデータ入力を行っているため,時期やテーマなどではまとまっていない。例えば,全国労農大衆党の場合,資料番号のNO.95は「全国労農大衆党プリント類」として登録され,同じくNO.124は「全国労農大衆党大会報告及議案」,NO.254は「全国労農大衆党」,NO.408は「全国労農大衆党特別委員会関係 1930・31年」(鈴木が主に起草した「対支出兵反対方針書」ほか)と不統一に登録されている。
このほか,戦前の社会運動に関するものとして,東京俸給生活者同盟,労農無産協議会や日本無産党の選挙資料,鈴木自身の東京市会関係資料(選挙資料を含む),堺利彦関係資料,加藤勘十関係資料,日本経済研究所資料などがある。さらに,早大の先輩で,第1次共産党に入って以来昵懇の間柄にあった橋浦時雄の「日記」(一部は原文,1905~68年),大庭柯公や荒畑寒村夫妻からの書簡などもある。
戦後の原資料では,とくに日本社会党の本部資料,左派社会党本部資料,アジア社会党大会資料,左右社会党の合同関係資料などは,現代史研究者にとって注目されよう。日本社会党政務調査部(会)資料,社会主義政治経済研究所,経済復興会議資料など,調査・研究機関の資料も目だって多い。鈴木茂三郎が,日本社会党きっての経済政策通だったためだと思われる。
鈴木は,党政調会の顧問・会長を歴任し,社会党左派のシンクタンクであった社会主義政治経済研究所の所長や,経済復興会議の議長を務め,片山哲内閣期の衆議院予算委員長でもあった。片山・芦田内閣期においては,彼のもとに大内兵衞ら労農派系の経済学者が多数集まった。鈴木自身,「危機突破緊急対策要綱私案」(NO.718),「日本インフレーションの基本対策」(NO.729)など多くの日本経済の復興案について起草し,提言を試みている。鈴木文庫の戦後原資料は,片山・芦田内閣期における経済復興運動資料の宝庫といってよいだろう。
逐次刊行物の場合,戦前期については『政治経済情勢』(日本経済研究所),『国際経済研究』(国際経済調査所),『社会大衆党調査部資料』,『世界経済恐慌月報』(木星社書院)などがあるが,点数としてそう多くはない。また,バックナンバーも揃っていない。
原資料と同様に逐次刊行物で注目されるのは,占領期における日本社会党や左派社会党の機関紙である。前者については機関紙『社会新聞』(号外や臨時号を含む),党出版部の『社会週報』,それに左派社会党情宣部の『運動資料』,同教宣局の『情報通信』,農民部の『農民運動基礎資料』などがある。『社会週報』の場合,当研究所においては欠号が多かったが,鈴木文庫によりかなり補充することができた。ほかに,1955年に統一した後の日本社会党の各部(局)の機関紙についても,鈴木が統一後の最初の委員長であったこともあり,よくそろっている。
鈴木文庫は,現在も整理中である。なお未整理の段ボール3箱があり,鈴木徹三氏宅より所蔵資料の搬出も完全に終わっていない。したがって,作成中の『鈴木文庫(和書)』や『鈴木文庫(資料類)』は仮目録である。また,鈴木文庫は公開を原則としているものの,資料の一部や書簡などに当分,非公開の扱いのものもある。閲覧に際しては,資料係か吉田に事前に連絡していただきたい。
(吉田健二)
『大原社会問題研究所雑誌』No.494・495(2000年1・2月)、創立80周年記念号より
更新日:2014年12月22日