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中国,天安門事件[国]1989.6.4

中国,天安門事件[国]1989.6.4

   1989年4月15日に北京で始まった民主化運動は各地に広がり,5月13日以降,全国の大学生が天安門広場でハンストを続けた.5月20日,中国政府は広場の座り込みを〈動乱〉と呼び,北京市の一部に戒厳令を布告した.これに対し市民らはバリケードを作って軍の市内突入を阻止した.しかし,6月3日夜半から4日未明,解放軍が広場に出動し,学生や市民を武力排除した.これが(第二次)天安門事件である.事件後,学生に好意的な趙紫陽総書記は失脚し,厳家其などの改革派知識人も亡命した.当局は虐殺を否定したが,市民や学生に多数の死傷者が出たとみられる.〔参〕矢吹晋《天安門事件の真相》1990.




大原クロニカは、法政大学大原社会問題研究所編『新版社会・労働運動大年表』(労働旬報社、1995年)に基づいたウェブ歴史事典です。日本の社会運動・労働運動を中心に解説しています。

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