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田中角栄内閣[政]1972.7.7

田中角栄内閣[政]1972.7.7

   田中内閣は,田中・大平・中曽根・三木の〈4派実力者内閣〉として出発した.〈庶民宰相〉〈今大閣〉としての田中角栄の人気は高く,1972年9月に日中国交回復を実現するなどの実績もあって当初60%を超える支持率を得た.しかし,田中政治は〈日本列島改造論〉によって土地その他諸物価の騰貴や公害の拡散をもたらし,小選挙区制の強行を図って失敗し,金大中事件では国家主権を主張しえず,石油ショックによる経済危機もあって,国民の不満は増大し,田中内閣への支持率も急落を続けた.’74年7月の参院選では空前の〈金権選挙〉〈企業ぐるみ選挙〉を展開したが,自民党は敗北し,福田・三木などの主要閣僚が辞任,《文芸春秋》の立花隆論文によって〈田中金脈〉が暴露されるに及んで金権政治への批判が高まり,11月26日の田中辞任によって崩壊した.〔参〕中野士朗《田中政権・886日》1982.⇒1974[政]12.9.




大原クロニカは、法政大学大原社会問題研究所編『新版社会・労働運動大年表』(労働旬報社、1995年)に基づいたウェブ歴史事典です。日本の社会運動・労働運動を中心に解説しています。

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