慶応病院夜勤制限闘争[労]1969.5.1
慶応病院夜勤制限闘争[労]1969.5.1
看護婦の増員・夜勤制限(いわゆる2・8)闘争は,1968年春の新潟県立病院闘争を先頭に全国に拡大し,慶大病院労組は5月1日から組合が作成した勤務表による就業という形の実力行使に突入した.病院当局も入院受入れストップなどの対抗措置をとったが,5月31日に妥結した.以後,問題は国会に移り,6月10日参院社労委は看護職員不足対策を全会一致で決議した.〔参〕慶応義塾労組四谷支部《増員・夜勤制限の闘いをさらに前進させるために》1970.⇒1968[労]3.1.
大原クロニカは、法政大学大原社会問題研究所編『新版社会・労働運動大年表』(労働旬報社、1995年)に基づいたウェブ歴史事典です。日本の社会運動・労働運動を中心に解説しています。