家永第2次教科書訴訟[文]1967.6.23
家永第2次教科書訴訟[文]1967.6.23
家永三郎は1965年6月の第1次訴訟提起の後,’66年に《新日本史》改訂の検定申請をしたところ,’67年3月,日本史の学習にとって重要な3件6ヵ所が不合格とされたため,文部大臣を相手どり,前回の国家賠償とは別に,検定不合格処分取消請求訴訟を提起した.この第2次訴訟は第1次より先に進行,’70年東京地裁,’75年東京高裁で原告勝訴,’82年最高裁は差し戻し,’89年東京高裁は,学習指導要領改訂後は「訴えの利益」なしとした.訴訟は終結.〔参〕家永三郎《教科書裁判》1981.⇒1965[文]6.12,1970[政]7.17.
大原クロニカは、法政大学大原社会問題研究所編『新版社会・労働運動大年表』(労働旬報社、1995年)に基づいたウェブ歴史事典です。日本の社会運動・労働運動を中心に解説しています。