炭労第25回臨時大会[労]1960.4.17
炭労第25回臨時大会[労]1960.4.17
4月6日の中労委第1次藤林斡旋案は,(1)指名解雇撤回,(2)解雇該当者は自発的に退職する,など組合側にきびしい内容のものであった.4月から開かれた炭労大会は,〈苦悩せる大会〉となり,12日に至り中闘委は斡旋案受諾を提案した.だが大会では一方で三鉱連による斡旋案受諾,さもなければ退場,戦線離脱の動きとともに,三池労組を中心とする斡旋案受諾猛反対の意見とがあり,連日激論がかわされた.そのなかで日ましに斡旋案拒否の方向に傾き,炭労執行部もついに斡旋案拒否の態度を固め,17日の大会に提案した.この時点で三鉱連5山の代議員は一斉退場した.炭労の産業別統一闘争の一定の後退の中で,この後総評の指導性がいっそう重要になった.〔参〕三池炭鉱労組編《みいけ20年史》1967.⇒1960[労]7.17.
大原クロニカは、法政大学大原社会問題研究所編『新版社会・労働運動大年表』(労働旬報社、1995年)に基づいたウェブ歴史事典です。日本の社会運動・労働運動を中心に解説しています。