三鉱連長期計画闘争[労]1955.6.15
三鉱連長期計画闘争[労]1955.6.15
この日,三井鉱山は10ヵ年にわたる会社再建の長期生産計画を三鉱連に示した.しかし,三鉱連は〈英雄なき113日の闘争〉勝利の余勢をかって,この提案を逆手にとり,たんに生産計画にとどまらず経営方針全般の計画をださせ,さらに安定職場の確立等を追求した.部分ストを武器に40数回の交渉を経て11月5日にいたり三鉱連は日経連をして〈経営権放棄〉といわしめた退職者子弟の入替採用,保安確立,福祉・厚生施設の増強を柱とする長期計画協定をかちとった.この三鉱連の成果の影響は大きく,’56年春までに三菱をはじめ大手炭鉱は軒なみ同趣旨の協定を締結するにいたった.〔参〕三池炭鉱労組編《みいけ20年》1967.⇒1956[労]3.5.
大原クロニカは、法政大学大原社会問題研究所編『新版社会・労働運動大年表』(労働旬報社、1995年)に基づいたウェブ歴史事典です。日本の社会運動・労働運動を中心に解説しています。