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社会党第7回大会[政]1951.1.19

社会党第7回大会[政]1951.1.19

   講和会議の日が迫るにつれて,社会党の態度決定が課題となった.1951年1月19日に開かれた第7回大会では,右派提出の自衛力確立案は否定されて,左派の主張する全面講和,中立堅持,外国軍事基地反対の講和3原則が採用され,さらにその上に再軍備反対一項を加えて平和4原則が樹立された.党委員長は第5回大会で片山哲が辞任して以来空席となっていたが,第7回大会で鈴木茂三郎が選ばれ,党内の指導力が右派より左派に移ったという重要な性格変更がここに示された.なお鈴木委員長の就任のあいさつのなかの言葉〈青年よ銃をとるな〉は有名になった.〔参〕月刊社会党編集部編《日本社会党の30年・1》1976.⇒1951[政]10.23.




大原クロニカは、法政大学大原社会問題研究所編『新版社会・労働運動大年表』(労働旬報社、1995年)に基づいたウェブ歴史事典です。日本の社会運動・労働運動を中心に解説しています。

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