極東国際軍事裁判[政]1946.5.3
極東国際軍事裁判[政]1946.5.3
東京裁判とも呼ばれる.1946年1月,マッカーサーが布告した〈極東国際軍事裁判所条例〉に基づき設定された.判事団は11ヵ国11人からなり裁判長はオーストラリアのW・ウェッブ,主席検事はアメリカのJ・キーナン,被告はA級戦犯容疑者のうちの28人,法廷は東京市ヶ谷・旧陸軍省大講堂.’46年5月3日に開廷し,’48年11月12日判決が下され,病死等の3人を除く25人を全員有罪(死刑7人,終身刑16人,有期刑2人)とした.裁判費用27億円は日本政府より出費.〈勝者の裁き〉として問題を残した点もあるが,侵略戦争を国際犯罪とみなし,個人の責任を問うという画期的意義を有した.〔参〕朝日新聞法廷記者団《東京裁判》1963.
大原クロニカは、法政大学大原社会問題研究所編『新版社会・労働運動大年表』(労働旬報社、1995年)に基づいたウェブ歴史事典です。日本の社会運動・労働運動を中心に解説しています。