メーデー禁止[政]1936.3.19
メーデー禁止[政]1936.3.19
2・26事件による戒厳令下に政府は,治安対策を理由に臨時議会終了までのメーデーなど多衆運動禁止を命じた.これに反対する無産政党・組合は陳情・抗議し,5月1日当日は全国各所で座談会・懇談会・各種大会・ピクニック・家族慰安会や,欠勤・工場内デモ,さらには食堂改善や賃上げ要求等を行った.しかし,この年以後,敗戦後の1946年までメーデーは開けなかった.〔参〕松尾洋ほか《日本労働組合物語・昭和》1965.
大原クロニカは、法政大学大原社会問題研究所編『新版社会・労働運動大年表』(労働旬報社、1995年)に基づいたウェブ歴史事典です。日本の社会運動・労働運動を中心に解説しています。