日本労働組合会議[労]1932.4.5
日本労働組合会議[労]1932.4.5
日本労働倶楽部の発展的改組として,日本海員組合・総同盟・全労・総聯合・官業労働総同盟など10組合,組織労働者の7割をこえる28万人によって9月25日結成された社会民主主義系労働組合の戦線統一体.〈三反主義〉をかかげ,議長には海員組合の浜田国太郎を選出した.結成後は,労働立法の制定や国際労働会議への代表派遣に力を注いだが,時局の進展とともに,国策協力の活動を展開した.1935年には総聯合が,’38年には海員組合と海員協会が脱退するなど,しだいに先細りとなり,’40年7月,解体した.〔参〕白井泰四郎〈戦前における労働組合主義の評価について〉(《日本労働協会雑誌》23号).⇒1931[労]6.25,1935[労]9.29,1938[労]7.10.
大原クロニカは、法政大学大原社会問題研究所編『新版社会・労働運動大年表』(労働旬報社、1995年)に基づいたウェブ歴史事典です。日本の社会運動・労働運動を中心に解説しています。