全三池争議[労]1924.5.22
全三池争議[労]1924.5.22
全三池争議は,1924年5月に三池製作所の労働者が賃金増額を決議したことに端を発し,6月には炭山側も含めて争議団連合が結成され,ピーク時の罷業人員は1万人を超えた.要求は賃金増額のみでなく,米騒動への対応として設置された共愛組合(労資懇談会)の撤廃も含まれていた.製作所の労働者には労働組合化志向がみられたが,炭山側では,この点は不明確であった.会社側はそれを利用した分断策で臨み,6月末には労働者側の全面敗北で妥結した.この結果,労働組合への対抗として共愛組合は再編され,労働者が労働条件につき内部で論議し合える場としての惣代会が補強された.〔参〕佐口和郎〈第1次大戦後の労資関係の展開・上下〉(日本労働協会雑誌287号,288号).
大原クロニカは、法政大学大原社会問題研究所編『新版社会・労働運動大年表』(労働旬報社、1995年)に基づいたウェブ歴史事典です。日本の社会運動・労働運動を中心に解説しています。