《日刊平民新聞》[社]1907.1.15
《日刊平民新聞》[社]1907.1.15
1905年10月解散した平民社が堺利彦・幸徳秋水に石川三四郎・西川光二郎らが加わって’07年1月再建され,日刊で発刊.《光》にかわって,日本社会党の事実上の機関紙となり,4月4日付75号まで発行された.この期間に社会党第2回大会があり,その前後に戦術をめぐる論争が同紙で展開された.山口孤剣〈父母を蹴れ〉などに対して弾圧がおよび,発行禁止となった.〔参〕《日刊平民新聞(復刻版)》長谷川博解説,1961.⇒1903[社]10.23.1905[社]11.10,1906[社]2.24.
大原クロニカは、法政大学大原社会問題研究所編『新版社会・労働運動大年表』(労働旬報社、1995年)に基づいたウェブ歴史事典です。日本の社会運動・労働運動を中心に解説しています。