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日比谷焼打事件[政]1905.9.5

日比谷焼打事件[政]1905.9.5

   ポーツマス条約に不満な民衆が条約破棄・閣僚問責を求めて行動し,9月初めから10月2日まで,全国各地の大規模な市民・県民大会だけでも71を数え,いずれも数千人の会衆を集めた.条約締結日の9月5日には,対露同志会等の強硬論者が東京日比谷公園で国民大会を開き,一連の行動の頂点となった.国民大会閉会後,民衆は国民新聞社・内相官邸・派出所等を焼き打ち,翌6日戒厳令が出たが,死者17人,負傷者2千人,検束者2千人に及んだ.また9月12日にも横浜の市民大会後,派出所等の打ちこわしがあった.〔参〕中村政則ほか〈日本帝国主義と人民〉(歴史学研究372号).




大原クロニカは、法政大学大原社会問題研究所編『新版社会・労働運動大年表』(労働旬報社、1995年)に基づいたウェブ歴史事典です。日本の社会運動・労働運動を中心に解説しています。

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