週刊《平民新聞》[社]1903.10.23
週刊《平民新聞》[社]1903.10.23
主戦論に転換した《万朝報》社を退社し平民社を組織した幸徳秋水・堺利彦によって創刊された.日本社会主義運動の最初の機関紙である(雑誌では片山潜の《労働世界》が1903年3月に《社会主義》と改題刊行されている).一貫して非戦論と社会主義を主張し,交戦国ロシアの《イスクラ》とも交流した.軍備増強批判の〈鳴乎増税〉(20号)を掲載して発禁になって以後,くりかえし弾圧され,1905年1月29日をもって,マルクスの《新ライン新聞》の例にならい全紙面赤刷にして終刊した.〔参〕《週刊平民新聞(復刻版)》大原慧解説,1961.大河内一男《黎明期の日本労働運動》1952.⇒1904[社]3.6.
大原クロニカは、法政大学大原社会問題研究所編『新版社会・労働運動大年表』(労働旬報社、1995年)に基づいたウェブ歴史事典です。日本の社会運動・労働運動を中心に解説しています。