日清戦争[政]1894.7.25
日清戦争[政]1894.7.25
明治初年以来,朝鮮の支配をねらっていた日本政府は,1894年5月甲午農民戦争(東学党の乱)の激化に対して出兵の準備をすすめ,6月2日清国に対抗して出兵を決定した.16日,開戦の口実をつくるため清国の拒否を予想して朝鮮の内政改革を提案した.7月23日朝鮮王宮を占領し,25日豊島沖で清国艦隊を攻撃,8月1日正式に宣戦布告した.日本はこれに勝利し’95年4月17日講和条約(下関条約)が結ばれた.その過程では,軍事費支弁のため増税が行われ民衆生活を圧迫した一方で,繊維産業を中心に経済成長が進んだ.〔参〕中塚明《日清戦争の研究》1968.⇒1895[政]4.17.
大原クロニカは、法政大学大原社会問題研究所編『新版社会・労働運動大年表』(労働旬報社、1995年)に基づいたウェブ歴史事典です。日本の社会運動・労働運動を中心に解説しています。