ええじゃないか[社][1867.8.-]
ええじゃないか[社][1867.8.-]
慶応3年旧暦8月から翌年6月にかけて,江戸以西,広島以東の諸街道沿いに伝播し,広範な民衆を騒乱状態に巻き込んだ.発生地は三河吉田といわれている.天から諸神仏の御札が降下したのを契機に,乱舞・祭礼が執り行われた.この運動は,囃子ことばに〈ええじゃないか〉という表現をとることからこのように呼ばれる.伊勢・近江以東の地域では〈ええじゃないか〉という囃子ことばは見られず,〈御礼祭〉・〈おかげ〉等と呼ばれていた.長州征伐の中止,豊作予想,米価の相対的下落が運動発生の条件であった.民衆の〈世直し〉の要求が宗教的形態をとって発現したものといわれる.〔参〕高木俊輔《ええじゃないか》1979.
大原クロニカは、法政大学大原社会問題研究所編『新版社会・労働運動大年表』(労働旬報社、1995年)に基づいたウェブ歴史事典です。日本の社会運動・労働運動を中心に解説しています。