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鹿児島紡績所[経][1867.5.-]

鹿児島紡績所[経][1867.5.-]

   島津茂久は,斉彬の〈最も畏るる所は軍艦大砲に非ずして西洋の綿布にあり〉との意をうけ,1866年,英国留学生五代友厚らに命じて木綿紡織機械の購入に当たらせた.その結果,マンチェスター近郊のプラット兄弟会社製の紡績機,ベリスフォード汽鑵会社製の力織機等が輸入され,英国人イー・ホームの指導で,’67年(慶応3年)旧暦5月磯之浜で操業を開始した.使用職工約200人,1日10時間就業で,本邦産原料綿から平均48貫の綿糸を紡ぎ,日本最初の洋式紡績工場となった.〔参〕絹川太一《本邦綿紡績史》1巻,1937.




大原クロニカは、法政大学大原社会問題研究所編『新版社会・労働運動大年表』(労働旬報社、1995年)に基づいたウェブ歴史事典です。日本の社会運動・労働運動を中心に解説しています。

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