法政大学大原社会問題研究所 オイサー・オルグ  OISR.ORG 総合案内

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イントロダクション

  1. 1 カードボックスの小宇宙から
  2. 2 資料整理の経緯
  3. 3 コレクションの成立事情
  4. 4 コレクションの概要
  5. 5 保存と公開
  6. 6 モダンの力
  7. 7 ガウディ方式

■カードボックスの小宇宙から

 そのカードボックスは、当研究所入口で閲覧者をお迎えするサービスカウンターのちょうど正面にあります。ボックスを引っぱり出してカードを繰ると、そこにはポスターの白黒縮小コピーがひとつひとつ糊付けされていて、それに関する基礎データが手書きで書き込んであります。蔵書カードのようにそっけなくはありません。カードを繰ってその白黒の縮小コピーを眺めているだけで、20世紀のある種の熱気を感じとることができます。そしてそれらの一枚一枚が細かく分類されて並んでいるのです。カードボックスを外から見ただけでは、だれもこのような整然たる小宇宙が内部に広がっているとは想像できないでしょう。

 そこで展開されているのは、戦前戦後を通じて街中や工場や事務所そしてさまざまな運動の現場に貼りだされていた夥しい数のポスターのコレクションです。当研究所には大量の所蔵資料がありますが、その中でもポスター資料は戦前戦後の日本のものだけでも約4000点あります。そのうち戦前のポスター資料についてはほぼ整理ができています。カードボックスはその成果なのです。

 ポスターが中心ですのでポスター資料と呼んでいますが、じつは旗やビラや回覧文書もふくまれています。それらを合わせて戦前だけで約2700点あります。今回の企画はこのすべてをスライドショウ形式でオンライン展示するというものです。

 と言っても初公開ではありません。すでに元所員の是枝洋さんの手によって「大原デジタルライブラリー」にデータベース形式で全コンテンツが公開されています。また書簡などの画像データをふくめて人物・組織ごとに検索できるサービスもしています。

史料データベース(http://oisr-org.ws.hosei.ac.jp/search/db/siryou_db/)
マルチメディアDB基本ファイル(http://oisr-org.ws.hosei.ac.jp/search/basic/)

 ですから、より正確に言えば、この企画は研究所のカードボックスをそのままインターネット上に公開しただけなのです。わざわざお越しにならなくても、自宅にいながらにしてコレクションの全容(ただし整理された分だけですが)を閲覧することができます。題して「OISR.ORG20世紀ポスター展」。ミレニアム特集として法政大学大原社会問題研究所の公式サイト “OISR.ORG” (オイサー・オルグ)が、このカードボックスの小宇宙に広がる所蔵ポスター資料約2700点をすべて公開します!

■資料整理の経緯

 カードボックスを作成されたのは、元所員の谷口朗子さんです。ですから今回のポスター展では監修者として登場していただきました。谷口さんは長く当研究所所員として資料整理に携われてこられた方で、現在は退職されていますが、週に何回かは来られて資料整理をされています。

 今回、谷口さんに書いていただいた思い出話によると、ポスターの資料整理は20年以上前にはすでに始まっていたとのことです。

 「思い起こせば(随分古い言い方ですが)20数年前、麻布校舎の4階の大教室の片隅にマップケースが据えられて柏木の土蔵よりポスターが運び込まれ(この時、だれが作業をしたのか私も加わっていたのか全然記憶にないのですが)アルバイトの久保村君と整理を始めました。ラッピングなど夢のまた夢の頃ですので傷む前に写真にでも撮って、それを閲覧者に見てもらえばよいと久保村君が自前のカメラを持参して白黒の手札版の写真を作ってくれました。余りいじると危険なので重複なども気にせず端から写したものです。」

 法政大学に麻布校舎があったこと自体、知っている人は少ないのではないでしょうか。「柏木の土蔵」というのは、当研究所の所蔵していた土蔵で、淀橋区柏木(現在は新宿区北新宿)にありました。1945年5月の東京大空襲による火災で研究所の事務所と書庫が焼けたそうですが、それにもかかわらず「柏木の土蔵」は焼け残ったといいます。よほど強固な土蔵だったようです。そして、その土蔵に貴重な歴史的資料の数々が収納されていたのでした。この大仕事をした土蔵については「二村一夫著作集」「大原社研こぼれ話」に回想があります。とくに「柏木の土蔵」の項(http://oisr.org/nk/column06.htm)をご参照ください。なお、一般に「東京大空襲」は3月10日の空襲を指すようですが、5月25日にも大規模な東京空襲がありました。3月の空襲では下町が壊滅状態になったのに対して、5月の空襲は山の手を焼き尽くしました。「君の名を」の空襲も、長谷川如是閑宅を焼いた空襲も、そして柳瀬正夢が死んだ空襲も、この5月の空襲です。

 「分類整理も無産政党の整理を始める前でしたので戦前の政党が数年で離合集散を繰り返している事などは知らず政党別に区分し『同じ名前の人が色々の政党から立候補してますよ』などと久保村君に云われたりしながら暗中模索を繰り返しておりました。これが後の整理で人名別にする事になったわけです。」

 無産政党の離合集散については、そのうち参考資料をつけたいと思っていますが、たいへんややこしいのです。それもこれも当時の政治的熱気のせいでしょう。

 「退職間際に戦前のポスターだけでもカード化したいと、この時には大原の資料が電子図書館化するなど夢想だにしておりませんでしたので、久保村君の撮った写真をゼロックスで縮小コピーしてカードに貼って一応戦前の部だけは完成しておりました。退職後、戦前資料のマルチメディア・データーベース化ということで科研費が取れたから手伝わないかといわれて研究所に出入りするようになってからの作業は、昔に比べると少々乱暴に扱っても傷む心配もなく随分楽になりました。」

 このようななりゆきで現在のカードボックスが作成されたということです。一朝一夕でなるものではありません。

 地味なカードボックスではありますが、さすがに気がつく人はいるもので、これまでにも「全部ゼロックスコピーしてください」という閲覧者がいらっしゃったそうです。さすがですね。そんな閲覧者の方も、あるいは今までそのような世界をご存じなかった方も、これからは、みなさんいつでも全部をご覧になれるというわけです。

■コレクションの成立事情

 当研究所の所蔵資料の詳細については「大原デジタルライブラリー」の次のページをご覧ください。

所蔵図書・資料の紹介

 くわしくはこれを参照していただくことにして、ここではポスター資料に即してかいつまんで説明しておきましょう。説明は上記の「所蔵図書・資料の紹介」におさめられている二村一夫・名誉研究員と谷口朗子・元所員による資料解説(1989年執筆)に依拠しています。

 当研究所がこのような資料を収集するようになったのは、1923年に資料室を設けたことに始まります。図書室はすでにありましたので、資料室は「図書ではない資料」を収集することになりました。資料室主任・後藤貞治は、その当時ではまだ紙屑としか考えられていなかった社会・労働運動関係の原資料を意識的に収集し始めました。その中心となったのがポスターやチラシでした。

 たとえば、1928年には第1回普通選挙がおこなわれました。この歴史的な総選挙のときには無産政党から数多くの人物が立候補しました。そのときの選挙ポスターには、新聞紙に赤インクで名前を書いただけのものから、著名な画家・柳瀬正夢(やなせまさむ)が描いた大山郁夫のポスターまでさまざまなものがありました。これらが大量に集められています。また、メーデーやプロレタリア演劇のポスターやチラシなども数多く収集されています。そんなポスターを、研究員たちが選挙後の街角の電柱や板塀から丁寧にはがして持ち帰る姿を想像してみてください。この仕事については「二村一夫著作集」内にある「大原社研こぼれ話」「後藤貞治のこと」をご参照ください。

 資料室は、労働組合・農民組合・無産政党からその所蔵資料を一括購入することもしたようです。どんなビラでも1枚5銭で買ったということで、選挙のさいに組合本部の資料を研究所に売却して運動資金にしたというところもあったようです。今ではこのような方法で資料を購入するということはほとんどないようですが、「大原社研に渡しておけば貴重な記録が保存される」ということで運び込まれた例は当時からあったようで、保存と整理を期待して研究所に資料を持ち込む伝統は現在も続いています。

 なお、当研究所の歴史については、前掲の「二村一夫著作集」におさめられた「第3巻 『大原社会問題研究所をめぐる人びと』」をご覧ください。とくに「大原社会問題研究所を創った人びと」が必見です。戦前戦後の著名な大学者や歴史的人物が次々に登場します。

■コレクションの概要

 コレクションの内容については「百聞は一見にしかず」で、スライドショウをご覧いただければいいのですが、なにぶんにも量が多いですから、ひと通り概観しておきましょう。

 第一に歴史資料として貴重なものがたくさんあります。とくに貴重なものは、第1回普選における選挙ポスターや政党の宣伝ポスターです。無産政党のポスターが大部分を占めているのが特徴ですが、政友会や民政党も若干ふくまれています。有名人としては菊池寛・大山郁夫のものがあります。形態として珍しいのが、新聞紙に謄写版刷で赤色に刷った野田律太のポスターです。コピーとして主張性のあるものが多いのもこの時期の特徴で、たとえば立憲民政党の「借金して見えを張る政友会、整理緊縮真面目で押し行く民政党」というものなどは、かえって直截な表現が印象的です。デザイン的には、内務省が棄権防止を訴えた「投票スレバ明クナリ、棄権スレバ暗クナル」という明暗2色刷りのポスターなど、デザインの原点を確認させてくれるものです。

 労働運動関係ポスターでは大会や争議のものが中心です。農民組合関係では全国大会や小作争議のポスターが中心です。水平運動関係としては各年の全国大会ポスターや、福岡連隊の差別糾弾の真相大演説会のポスター、大和同志会の「差別てっぱいは平和の基礎」という宣伝部のポスターなどがあります。

 メーデー関係では各年の宣伝ポスターが中心ですが、珍しいものとしては大阪鉄工組合と向上会で作った小旗があります。プロレタリア文化運動関連では、「太陽のない街」などの演劇・映画・音楽会のポスターや、『マルクス・エンゲルス全集』『マルクス主義選集』の広告宣伝用のものがあります。また、借家人組合運動の中には「電燈料三割値下げ」を要求している電燈電力ガス値下げ期成同盟のものや「地代家賃値下演説会」などがあり、消費組合運動では大会宣伝ポスター、婦人運動では婦選獲得運動啓蒙ポスター、労働者教育では大阪労働学校のものや「ブラジル事情及び語学講習会」など、戦前の社会運動に関するものを網羅しています。その他、1921年の川崎・三菱造船所争議や1924年の大阪市電争議・墨田合同運漕船夫争議、また農民運動では伏石小作争議等を記念して作られた絵ハガキが数点あります。

 美術史的な観点からは、画家・柳瀬正夢によるポスターが多数ふくまれているのが特徴です。柳瀬は「ねじ釘」の頭のような署名(コーヒービーンにも見える)をポスターに残しておりまして、確認できているものだけでも50点の作品が大原のポスター・コレクションにふくまれています。柳瀬正夢については、最近、井出孫六氏が『ねじ釘の如く』という評伝をだされております(岩波書店刊)。かんたんな解説は「マルチメディア・データベース基本ファイル」にあります(「柳瀬正夢」のページ参照。「ポスター・データベース」にチェックを入れて検索してみてください)。

■保存と公開

 これらのポスター資料は、そのままでは朽ちてしまうおそれがあるので、脱酸処理が施されています。さらにフィルム・エンキャプシュレーションという作業を施します。今回公開分については1990年から1991年にかけておこなっています。当時この作業に携わった高橋芳江さんによると、それは次のような手順でおこなわれたそうです。

 「ポスターを(有)キャットで脱酸されたものを透明のポリエステルフィルムでカバーしていきます。まず、ポスターの大きさより少し大きめにカットしたフィルムの内側をガーゼでこすり静電気を起こして密着させます。写真撮影等のため、とりはずしやすいようにL字型に両面テープをとめます。その際、ポスターが直接ふれないように、1cm位あけます。小さいポスターやビラのようなものは既製のポリプロピレンの透明の袋に入れました。」

 このような現物資料の場合は、公開も大事ですが、保存すること自体に価値があります。なるべく現物が傷まないよう周到に準備し、その上で広く公開して存在を知っていただくことになります。どのようなものがあるのかを知っていただくだけであれば現物を公開する必要はありません。カードやウェッブで十分です。ただし、カードを見るには来所していただくしかありませんから、インターネットでそれらをあらかじめ公開しておくことで閲覧者のコストは格段に低くなります。その意味で、このポスター展は「保存と公開のジレンマ」を解決するひとつの手だてでもあります。

■モダンの力

 ポスター展の副題は「法政大学大原社会問題研究所所蔵資料2700点で見る戦前期日本の〈モダンの力〉」です。〈モダンの力〉は〈モダンのちから〉です。どれも貴重な歴史資料であり研究素材ではありますが、総じて20世紀前半のモダニズム草創期特有の力強いタッチが印象的です。今日的視点から見ると、それは必ずしも洗練されているとは言えないでしょうが、ある種のレトロモダンな身ぶりの原型がそこにはあります。

 「ワーカーズ・レッド」とでもいうのでしょうか、独特の赤インクの多用。流星のように乱舞する尖った飾り文字。「読め!」と見ている人を呼びつける、なんともあられのない直接話法。あからさまに敵をののしる真っ直ぐなコピー。これこそ日本近代の出発点であると私は感じます。それを〈モダンの力〉と呼んでみました。戦前期の日本に横溢した熱い〈モダンの力〉をご堪能いただき、「20世紀という時代とは何だったのか」を考えてみたいと思います。

■ガウディ方式

 本プロジェクトは、画像とHTMLファイルとで計5300以上を投入する超大型企画になります。1999年11月に第一陣として約1600点弱を公開しました。第二陣として2000年1月に残り約1100点の画像を公開しました。現在、全体の調整作業に入っています。

 このようなやり方を私たちは「ガウディ方式」と呼んでいます。「ガウディ方式」とは「公開しながら構築中」ということで、ほんとうは「サグラダファミリア方式」というべきなんですが、長いので「ガウディ方式」にしておきました。つまり、これです。↓

http://www.shibata.nu/~gaudi/familia.html

 ウェッブはみんな「公開しながら構築中」ですから「ガウディ方式」といえます。しかし、研究所の公式コンテンツでもありますからお断りを入れています。通常、公式組織は完成品にならないと公開しないものですが、私たちは公開プロセスも公開するように心がけておりまして、この点をご承知おきください。そのかわり、更新情報などは逐次、メールニュース “OISR-WATCH” でお知らせします。 “OISR-WATCH” ご希望の方はwebmaster@oisr.orgまでお申し込みください。

 さて、今後の計画ですが、まずいったん全資料を基礎データとともに一覧できるようにして、しかるのちに、解説つきセレクションをいくつか作成していくということになります。現時点では、政治史的見地からの解説や農民運動史からの解説、図像学的な見地からの解説などを考えています。

 展示点数が多いものですから、テーマのはっきりした閲覧コースが複数あるのが理想だと思います。しかし、なかなか解説できる方がいらっしゃらないのが現状です。これらの資料について取材・研究・解説のご希望がありましたら、当研究所までお知らせください。できるだけ協力させていただきます。

 なお、この「イントロダクション」は、1989年に二村一夫・名誉研究員と谷口朗子・元所員が書いた所蔵資料の解説を元に野村一夫・兼任研究員がまとめたものです。文責は野村です。

更新日:2014年12月25日

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