残響する声のなかで:おわりにかえて
「響けわれらが声」、これは今回の展示を開催するにあたり、紹介するポスター全体をまとめることのできるキャッチフレーズは何かと考えていたときに、思いついたものです。直接的には、展示チラシにも引用した無名の女性による短歌「思はざるまでにわが声美しき労働歌を庁舎の壁に響かす」(宮野きくゑ)がヒントになっています。戦後間もない時期におそらく公務員として働いていた一人の女性が歌う労働歌、それが壁に響いて無数の声と唱和する風景を、ポスターという音のない資料から浮かび上がらせたい、これが本展示の目的でした。
「労働」は生活に直結する営みのため、各時代で展開された「労働」をめぐる議論は、人々がどのように生きようとしたのか、限られた生を生きつくすことへの希望が反映されています。そして、「生きること」はつねに自分の「声」を他者へ、ときには社会へと伝えることでもあります。今回、展示したポスターのほとんどは戦後間もない時期から 1960 年代までに発表されました。当時はまだメディアの多くは新聞やテレビといった公共性の高い性格を持ち、個人が自分の声を伝える手段はきわめて限定されていました。にもかかわらず、ここに紹介した約 40 点のポスターから聞こえてくる「声」の力強さは、「生きること」への希望に支えられていたことを示すものではないでしょうか。
ひるがえって、21 世紀に生きるわたしたちは、今やSNSといった私的なつぶやきを無数の他者へと届ける手段を持つにもかかわらず、そこから聞くことのできる「声」はか細く、対話を拒む頑なさが強いものとなっています。「労働」のかたちが多様化しても、たった一人で働くことは不可能なように、「声」をだすことなく生きていくこともできません。
この展示に足を運んでくださった皆さんが、ここに響く「労働者」たちの声を聞き取ることで、皆さんご自身の「声」を他者へ、そして社会へと響かすことのできる可能性に気付いてもらえたら、企画者としてこんなに嬉しいことはありません。
最後となりましたが、本展示にあたりキュレーションのご協力を全面的にいただいた、東京大学駒場博物館の折茂克哉さんに、心からの御礼をお伝え申し上げます。
早稲田大学文学学術院 鈴木貴宇(代表・文責)
東京大学大学院総合文化研究科 清水剛
法政大学大原社会問題研究所 榎一江
*本展示は科研費基盤(C)「戦後日本における労働者像の生成と文化に関する総合的研究」(22K01842)の研究成果です。
更新日:2025年06月03日