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III 文庫 2.向坂文庫

(3)和書

 向坂文庫の和書を特徴づけるのは,7万冊というその数の多さもさることながら,経済学・政治学・社会学・哲学・社会政策・社会主義・労働運動史はいうに及ばず,農業・工業・歴史学・科学技術・文学・宗教・芸術(美術・音楽)などあらゆる学問領域にわたって収録されていることである。芸術関係だけでも,島村抱月『芸術講話』(1917年),尾敬止『革命芸術体系』(1927年)など78冊に及び,このほかセットものの内外の美術全集や写真集も数十点を超す。

 だが向坂自身,かつて「日本語の本は日本資本主義発達史を中心に集められている」(『読書は喜び』新潮社,1977年)と語ったように,河上肇『近世経済思想史論』(1920年),本庄栄治郎『近世社会経済叢書』(全12巻,1926年)など近世経済史を中心に,明治維新・地場産業・経営(社史)・財閥形成など,日本資本主義発達史に関するものが多い。この点とも関連するが,向坂は,戦前の日本資本主義論争では地代論の分野で健筆をふるったが,その関係の文献も多く集められている。このほか向坂文庫には,同じ「労農派」のメンバーの著書,たとえば櫛田民蔵・猪俣津南雄・土屋喬雄・大内兵衞・稲村順三・大森義太郎・脇村義太郎・岡崎次郎などの全集や著作集,著書も,野呂栄太郎・山田盛太郎・平野義太郎ら「講座派」の論客たちの著書とあわせて,ほとんど集められている。

 もう一つ,向坂文庫の和書で特徴的なのは,社会主義の思想・運動・歴史に関するものが多いことである。向坂自身,編集委員として参加した世界で最初の『マルクス・エンゲルス全集』(改造社版,1928~32年)から大月書店版の『レーニン全集』(1969年)にいたるまで,マルクス,エンゲルス,レーニン,スターリン,ブハーリン,カウツキーなどマルクス主義者の全集,著作集,著書はほとんど揃っている。また『共産党宣言』だけで8社,『剰余価値学説史』は5社,『国家と革命』も5社の版のものがあり,マルクス主義の翻訳文献について意識的に集めたことがうかがわれる。

 これら翻訳文献と並び,明治期の民権論者や日本の社会主義者の著書も多い。明治期では,大井憲太郎『仏国政典』(1873年),中江兆民『三酔人経綸問答』(1887年),幸徳秋水の『廿世紀の怪物 帝国主義』(1901年),『社会主義神髄』(1903年),『平民主義』や,木下尚江の処女作で反戦小説の先駆となった『火の柱』(1904年),山口孤剣『社会主義と婦人』(1905年)などがある。

 大正・昭和戦前期については,事例的に紹介するのも困難なほどの冊数である。さしあたり河上肇『貧乏物語』(1917年),山川均『社会主義の立場から』(1919年),大杉栄『獄中記』(1920年)などの初版本をあげておこう。付言すれば,幸徳秋水,堺利彦,河上肇,山川均,大杉栄,伊藤野枝,荒畑寒村,鈴木茂三郎ら社会主義者の著書,伝記,回想記はほとんど揃っている。

 このほか,社会問題や労働運動に関する図書も豊富で,横山源之助『日本之下層社会』(1899年),農商務省『職工事情』(1903年),同『諸工業職工事情』(1936年),金子喜一『海外より見たる社会問題』(1907年),八浜徳三郎『下層社会研究』(1920年),細井和喜蔵『女工哀史』(1925年),山川亮蔵『下層民』(1936年)などがある。いずれも初版本である。

(吉田健二)

『大原社会問題研究所雑誌』No.494・495(2000年1・2月)、創立80周年記念号より

更新日:2014年12月22日

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