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日米自動車問題[経]1981.5.1

日米自動車問題[経]1981.5.1

   1980年,日本の自動車生産は1100万台を超え,アメリカを抜いて世界第1位の座を占めた.他方,アメリカの自動車業界は石油危機による消費者の小型車志向に対応しきれず,’79年にはクライスラー社の経営危機も生じ,日本の自動車輸出をめぐる日米間の対立が激化した.このような事態を背景に,日米間で5月1日に’81年度の日本の対米自動車輸出を168万台とし,’83年度まで3年間輸出抑制措置をとることが日米間で合意された.そして,通産省は,’81年6月23日,各社別の割当台数を決定した.〔参〕I.M.デスラー・佐藤英夫編《日米経済紛争の解明》1982.




大原クロニカは、法政大学大原社会問題研究所編『新版社会・労働運動大年表』(労働旬報社、1995年)に基づいたウェブ歴史事典です。日本の社会運動・労働運動を中心に解説しています。

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