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浅間山荘事件[文]1972.2.19

浅間山荘事件[文]1972.2.19

   1972年2月7日,群馬県下で〈連合赤軍〉のアジトが発見され,2月16日から19日にかけて永田洋子ら8人が逮捕されたが,残る坂東国男ら5人は軽井沢の河合楽器浅間山荘に逃げ込み,管理人の妻を人質にたてこもった.警察は山荘を装甲車で包囲して〈降伏〉を呼びかけたが応ぜず,10日目の28日午前10時,工事用の大鉄球で壁を破るなど山荘攻撃を開始した.テレビ生中継の下,8時間に及ぶ攻防戦の後,5人全員逮捕されたが,この間警官2人が射殺され,一般人1人も死亡,12人が負傷した.〔参〕永田洋子《16の墓標――炎と死の青春・上・下》1982,1983.




大原クロニカは、法政大学大原社会問題研究所編『新版社会・労働運動大年表』(労働旬報社、1995年)に基づいたウェブ歴史事典です。日本の社会運動・労働運動を中心に解説しています。

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